それぞれの八月六日

上がるまで保証のナルゼミ

※写真は先日の出張で初めて広島の原爆ドームを訪れて撮影した写真です…


私は原爆投下予定地の北九州市で小中学生時代を過ごし、原爆が投下された長崎市で高校時代を過ごしました。

小学4年生のとき担任の先生が「親子代々小倉に住んでる人は?」と私たちに手を上げさせ…「今、手を上げてる人は、もし小倉に原爆が投下されたら、この世に存在していなかったかもしれないね…」と静かに原爆の恐ろしさを教えてくれたことを今でも鮮明に覚えています。

ほんの5年前に、父の叔父が戦時中、長崎市内で原爆で亡くなっているであろうことが分かりました。大分出身の父が若いときを含めて2度も長崎へ赴任することになったことと、私の次女が8月9日に誕生したことが偶然ではないような気がしてなりません。

教育の端っこにいる私たちが過去の原爆投下の現実を如何に子どもたちに伝えるべきか…毎年考えさせられる8月6日と9日です。

※お父さんお母さんへお願い
お子さんと一緒にGoogleの画像検索ボックス「原爆」と打ち込んでみてください。悲しい過去の現実をこうやって子や孫に伝えることが亡くなった多くの方々への何よりの供養となるはずですし、今の平和を未来へつなぐことにもなります。



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